1/20 4:00 完成
1/20 19:00 加筆修正
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認識のずれ。エリオットが倒れ伏して尚、強いて言うならばそんな感覚が残る。
そのずれが主の中に残る戦いの余韻を留め、物言わぬ敵を見下ろしたまましばし沈黙を保つ。
やがて、交戦の末に森を抜けたことにふと気づき、宵闇を照らす月光を仰ぐ。
返答を期待するでなく漏れた言葉に帰ってくる声。
一瞥すれば、森の中でノームが後ろ手に手を組み佇んでいた。
どこから迷い込んだか知らんが貴様の戯言に合わせてやる道理はない」
急いては人生損をするばかりじゃよ」
頭上から聞こえた声に動揺するノームの挙動を追い主が見上げた先。
二人を見下ろすように丘の上で、秋月が紫煙をくゆらせ、ゆっくりと歩を進めてくる。
やがてノームの隣に並び立ち、彼の頭を軽くはたくと煙草を唇から離し主を一瞥する。
こちとらお前さんとやり合えるとは思ってねえんだしな」
・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~
時は現在より少し遡り―
日も暮れ、作業に没頭していたことにようやく気付いた秋月の声を遮るように、
森の静寂を引き裂く轟音が轟く。
秋月が荷物を手早くまとめる間に周囲を警戒していたノームの視界に広がる光景。
遠くで森から立ち上る炎。その炎に照らされ浮かび上がる二つの人影。
元より暗闇の中でも視界に恵まれたノームは、その人影の片割れが見定め立ち上がる。
ヨシノリ、ワシはちょっと急用が出来た。お前さんは先に帰っとれ!」
面倒事に首突っ込んだっていいこた……。」
ザックを背負い立ち上がった秋月が身構え、ノームも遠くから茂みのざわめきが近づいてくることに気づく。
できるだけ広い場所へ。言葉をかわすことなく音もなく後ずさる二人の目の前で、
茂みを突き破り飛び出してきたのは一人の少女―エリオットが逃したエンブリオの娘だった。
秋月の右肩を定位置とするアニマが身を起こし少女のほうへ赤い瞳を向ける。
あ、えと、手短にすいません。私はシュテルナ。その子と昔、同じ娘と契約していた時の知り合いで……。」
顔を見合わせる二人。やりとりを断ち切るようにその間をノームが足を踏み出す。
ワシも後から宿に向かう。それじゃあ頼んだぞい」
秋月の言葉に振り替えることもなく走りだし茂みに跳びこむノーム。
その背中を追うように足を踏み出し、シュテルナのほうを振り返る。
店主に秋月から言われたって言えば多分いれてくれるはずだ!」
少女に頭を下げ、秋月もまたノームの後を追い茂みを押しのけ森の中へ消えて行く。
その背中を見送り、シュテルナは森でエリオットに言われた通り街へ向かって走り出した。
・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~
相対する主の腰にかかげられた金属製の物体を一瞥し、表情を変えぬまま心の中で舌打ちする。
フェアリードライバー。
シュウスケ本人からは現物を見せられたことはなかったが、彼にドライバーを与えた大妖精、
妖精をまとめる存在と顔を合わせた際に見せてもらったレプリカと、目の前の仮面の男が身に着けているものもまた同一の形状だった。
以前シュウスケに『番組だとこういう状況なら黒幕がいそう』と語ったことを悔やみつつノームを一瞥する。
何もない右肩を手ぶらの左手で叩きながら主を見据える。
だが、こちらの仕事を邪魔された以上、タダとは言えんな」
重要なのは目撃者だからではなく、エリオットの関係者であること。
障害を排除することを考える一方で丸腰の二人が臆することなく佇むことを警戒し、
主もまた距離を保つ。
煙草を咥え、思い切り吸い、煙を吐き出す。
再び煙草を唇から離し、頭を掻きながら、
主目掛けて指で弾かれた煙草。それが、視界を潰すほどの閃光が生み出される。
白一色。世界が光に遮られ、刹那、再び闇が訪れた時には秋月とノームが姿を晦ます。
闇の中で声が響き、茂みを突き抜ける音のうち片方が遠ざかり、片方は距離を保ちながら動き続ける。
周囲を動く気配が発した悪態に主はうんざりしたように首を振る。
おとなしく引き下がるのなら見逃してやる!」
絶えず動く気配目掛け、蛇腹剣を奮い、蛇蝎の如くうねる刃が闇を射抜く。
動きが一瞬止まり、直後重い音が響く。
主の周囲で木々がざわめき、大きくうねる。取り囲むように動くそれが脈動を増した末、
主目掛けて次々と枝が振り下ろされる。
今だ気配を潜めたノームに言葉を返しながら、鋭利な枝を切り払った主が合図を送れば、
周囲を囲むようにいくつもの気配が近づいてることを察し、秋月は踵を返す。
銃声。丸腰の二人。沈黙を保つエリオット。そのいずれもが発するはずのない音が響き、
直後鈍い炸裂音が響く。
茂みを突き破り、主の足元へ転がってきたのはローバルの上半身。
強い力で胴を穿たれ、何度かのた打ち回り、やがてその身が爆ぜて霧散する。
走り回る秋月の気配を目で追いながら手を掲げ、ローバルに追跡させる。
秋月が数を叫ぶ度に轟く、幾重にも重なる銃声。炸裂音。
秋月が隠し持つと推測できる銃火器のサイズを越えた轟音に主は静観の姿勢を維持する。
あの老人が攻撃しているなら奴の合図はなんだ……?)
炸裂音の度に茂みから響くローバルの呻き、霧散する気配。
未だ逃げ回る秋月の気配を探りながら、ローバルが未だ彼を捕えられず、逆に数を減らしていることに苛立ちを感じる。
こっちが必死扱いて逃げ回ってんのに、うおっ!? 結果だけ見て大仰しく言ってんな!
ああくそこいつ等ゾンビぐれえかと思ったら意外とはええ!」
時折走る音が止み、演技なのか測りかねる声色で戸惑い、また走り出す。
先ほどのエリオットとは対照的に何の取柄も感じさせない、凡人。
……ただの雑魚に猶予をやった私が愚かだったようだ。」
何度目かの銃声の後、間を置き再びローバルの亡骸が主の元へ飛来する。
それを忌々しげに踏みつけた時、
秋月の声と共に、ローバルの体が瞬時に膨れ、変色し、
木々を薙ぎ散らすほどの衝撃と閃光が巻き起こる。
小規模ながら地を抉り粉塵を巻き上げた爆発に主の姿が飲まれ、
近くに横たわるエリオットの体が煽られ、茂みの中へ吹き飛ばされる。
余波に体を煽られながら尻もちをついた秋月が地面を這い、そこから距離を取りながら
顔だけは主のいた方角から反らさずに様子を伺う。
間を置き、降り注ぐ土砂の音の中、粉塵の中で動く気配を感じないことに安堵した刹那、
煙を突き破って飛び出した赤い影が秋月に肉薄する。
首を掴まれ、片手で易々と持ち上げられる。
壮年とはいえ鍛えこまれそれなりの筋肉を有する秋月のウェイトをものともせず、
主はもがく秋月の顔を見上げる。
すぐ傍で爆ぜたローバルの体。そこから僅かながら至近距離だったために感じ取った力。
ローバルの体に仕込んだ精霊石を、ノームがドライアドから借り受けた力を利用し、
森の中というテリトリーに限定されながら自在に魔力を操り起爆していた。
魔力を流すと爆発すんだよ……。音、でかくてびっくりしたろ……?」
ディプラヴィティを経て変異したエリオットの精霊力。
それと共鳴し増した闇の力。己の力、ローバルの力が精霊力に干渉できる余地があることを理解し、
爆発する瞬間、主はその精霊力に干渉し規模を半減させ被害を食い止めていた。
秋月の襟首を強く締め上げ、頸動脈を締めながら剣をゆっくりと掲げる。
不敵に笑った秋月が目を反らした先でアニマが大樹の枝から飛び降りる。
小動物がそれまでいた枝の上で鈍く光る物体が、爆ぜる。
闇を引き裂き飛来する物体。反射的に秋月を手放し、飛び退いた主のいた位置を突き抜け、
着弾した樹木が弾け飛ぶ。
薄殻榴弾-ミーネゲショス-
プレス加工した弾頭の中に爆薬を詰め込んだ、機関銃用の炸裂弾。
秋月達が共同戦線を結ぶ『第三帝国』から提供された空飛ぶ手榴弾。
装甲車輛さえ破砕する弾丸の後部、雷管に小さく刻んだ精霊石を貼り付け、ノームがドライアドの力で遠隔発射する。
大きな音を立てて動き回る秋月、広範囲で魔力を行使するノーム。
二人が注意を惹きつける中で、既に身を潜めていた体も魔力も小さなアニマが弾薬を置いて回る。
それが姿なき射手の正体だった。
秋月目掛けて再度剣を向けようとした主がノームの言葉に振り替える。
亡霊とはかけ離れた、外見こそ未だ大破したままだが、自らの足でエリオットが立ち上がっていた。
それでも増幅器から通信機構から補助機能をだいぶやられたでありますがな……」
大樹に手をつき、体を支えながら主を見据えるその姿は、稼働しているとはいえ戦うにはあまりにも頼りない緩慢な挙動。
目標とも合流出来て一石二鳥であります……。」
行け、ダミーライザー!!」
森よりさらに高く、月光を背に跳躍する影が生まれる。
それは月の光を受けて白銀の外殻を浮かび上がらせ、主目掛けて飛来する。
一言で表現するなら騎士。
自らに向かってくる甲冑をまとったそれに主は応戦しながらもエリオットへ目を向ける。
賭けでありましたがローバルの魔力を喰らう性質に助けられたであります」
殲滅される度に爆ぜ、霧散していくローバル。
彼等を調べ、従えた主も性質上見慣れた光景。
それに当てはまらないものが戦いの片隅にいた。
最初にエリオットに貫かれ精霊力を叩き込まれたローバル。
すぐさま交戦状態に移り、エリオットの注意を惹きつける砲撃に阻まれて主の意識が向けられることもない中、
エリオットが注ぎ込んだ『指示』によりゆっくりと変異し、今それが芽吹いた。
変異ローバルに阻まれる主から撤退を始めるエリオット。
その背中に怒号を投げかける主を一瞥し、
並走する秋月を肩に飛乗ったアニマごと抱え、茂みから飛び出したノームを掴み、
ノームが指差すままに崖へ向かって走り出す。
黄色い炎をまとった拳を放ち続ける変異ローバル。
張り付くような距離で守りもおろそかに攻め続けるそれの攻撃を強引に打ち払い、
主の剣が袈裟懸けに装甲ごとローバルを引き裂く。
よろめき、後ずさった後、なおも追いすがるように主にしがみつくローバルの頭を掴み樹へ叩き付ける。
主の妨害。ただそれだけに固執するローバルを蹴り上げ、振りかざした剣で更に一太刀。
返す刃で更に切り上げ、なおも前に進むローバルの腹部目掛けて剣を放つ。
貫かれた衝撃に身を屈めたローバル。だが変異体は逃れようとするどころか剣を掴み、
自らより深く突き立てる。
崖にたどり着き、二人を脇に抱え込みながら主の方へ振り返り、
エリオットが背中から崖へと飛び降りるのと同時に、ローバルが閃光を放ち、灼熱と共に爆発した。
・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~
川辺に横たわるエリオットの足を蹴りながら肩を抑えて後ろを振り返る。
エリオットが二人を抱えて崖から飛び降りた後、垂直に近い斜面を滑り降りた末に待ち構えていた巨石を避けきれず、
三人は直撃した衝撃で投げ出されて体を打ちつけながら着地する羽目になった。
損傷が激しく一番勢いもついていたエリオットは動けなかったが、投げ出された角度が良かったのか
ノームも秋月も比較的早く立ち直り周囲を見渡していた。
投げ出されて横たわったまま、崖を見上げる形となった二人の目に映ったのは、
ローバルの爆発の中から尚生還し、崖の淵に佇んだ主の姿だった。
主は三人を逡巡するようにその場にとどまった後、彼等の元へ来ることなく姿を消した。
体を軋ませながら、エリオットはゆっくりと身を起こし秋月に光る瞳を向ける。
吹き飛ばされた帽子を拾い上げ、埃を払いかぶりなおすノームを一瞥する。
昔、ワシの住んでる山を地竜が陣取って採掘出来んかったことがあってな。
それをエリオットとそやつの相棒、灯羽という奴が倒してくれたんじゃ。
……その時も体の半分噛み千切られながら動いておったからなこいつ。」
それよりも、逃げ切れたものの不味いことになりそうであります。」
端的にエリオットは主との戦いの経緯を二人に語る。
ローバルからシュテルナを救ったこと、エンブリオを狙うローバルとその主と対峙したこと。
そして、シュテルナの力を再現したローバルの影響で自らの力が変質したこと。
おそらく気づいてるはずであります。自分の、自分に力を与えてくれた灯羽の精霊力の特徴を……。」
あの姿になったのは偶然でありますが、精霊力の影響でありましょう。
だがその精霊力を利用されれば、あれも奴の戦力となりうるであります。
……灯羽の力は太陽の性質でありますが、同時に闇の性質もはらんでおりますからして。
奴はそれに気づき、自分を泳がせておけば力の大元である灯羽が来ると、
力を奪う手段が揃った相手が来る可能性を把握しているのではないかと。」
夜になれば沈み、逆に夜を照らし続けることも、月を蝕し、月に蝕されることもある。
精霊力を自在に操れば操れるほど、対極の力も灯羽は操っておりますからして。
奴は自分との戦いで、精霊力の特徴を漠然とでも理解しているはずであります。
撃退するどころか、奴に無用な情報を与えてしまった……。
……元々呼ぶつもりもないでありますが、灯羽を救援に呼ぶわけには行かなくなったであります。」
うなだれ、あぐらを掻くエリオット。
その隣で大きくため息を吐き、秋月もどっかりと腰を下ろす。
頭を掻きながらノームを一瞥し、老人の視線と交わればお互いに頷く。
少年一人に託すのは忍びないがな……。」
やがて、どちらからとなく口を開き、つぶやいた言葉は同じ言葉だった。
『奴を倒せるのはシュウスケ……、マスカレイダーフェアリーだけだ』
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