ゆっくりと踏み出し、一歩、また一歩と歩む度速度が増し主へと向かっていく。
巨大な拳を振り上げるエリオットを阻むよう、先ほど吹き飛ばされたローバルが数体立ちはだかり、
咆哮と共に歪む虚空。そこから撃ち出された剣がローバルを射抜く。
それを掴み、力任せに振り上げ一閃に両断されるローバルの体。
それが爆ぜるより早く蹴散らし続くローバルを殴りつけ、斬り捨て、後に控える主目掛け振り下ろす。
直立不動の姿勢で巨体の打ち込みと鍔迫り合い、推し量るように紡がれる主の声は静かに。
体格差を補う力で切り結び拮抗する赫。
踏込と共に剣を打ち払い、耳障りな金属音をかき鳴らし刃が伸びる。
蛇腹剣。振りかぶれば触れる木々を切断し伸びきった凶刃がエリオット目掛け放たれる。
後退するエリオットの頭部。細やかな光を湛えるランプが閃光を放つ。
二度、三度。光と共に速射される光弾が蛇腹剣に打ち込まれ軌道を阻害し回避する。
そのまま主目掛けて狙いを定め乱射される光弾。
闇に溶けるように掻き消える主、その後ろにいたローバルに光弾が雨のように叩き付けられ胴体が引きちぎられる。
標的が退避した後も尚エリオットは光弾を放ち続け後ろに群れるローバル達を穿っていく。
闇に響く主の声。それを頼りにエリオットの腰から伸びるマフラーが独立して方向を変え、
向けられた先端から爆音が轟く。
悲鳴を上げる間もなくマフラーから撃ち出されたものに仮面を穿たれ膝から崩れ落ちる。
主の声を頼りにマフラーから立て続けに不可視の弾丸が闇の中へ浴びせられる。
あれは私が……、……!」
闇の中を進み始めた刹那、地を抉る程に踏みしめた巨体が舞い、頭上から剣を振り下ろす。
迎撃すべく放たれる蛇腹剣に反応し力任せに振るわれる剣が刃を弾く。
着地。身を屈めた巨体が引き絞った拳を放つが空しく空を切る。
再び闇に消えた主の姿を追うように忙しなく周囲を睨み、あぶり出そうと言うように光弾と不可視の弾丸を周囲にばら撒く。
力に任せ策を弄しない愚者。
エグゾーストエンペラー……、自らを皇帝と名乗るエリオットへ主が抱いた印象はそうだった。
あらぶり未だこちらの位置を掴めない異形を捨て置き再び少女のほうへ歩き出す。
数歩と歩かぬうちに向けられたマフラーから撃ち出される弾丸。
主はそちらに目もくれず、見えないはずのそれを振るった蛇腹剣で両断する。
金属を切断する音ではなく、小さな破裂音。圧縮した空気を撃ち出すその攻撃を主は看破し待ち構えていた。
主の呟きを聞き取った途端エリオットの猛攻が止む。
鉄くずがだいぶ小賢しいことをしてくれる」
時間を稼ぎたかっただけだ―」
主の潜む場所とは見当違いな方角で撃ち出される圧縮弾。それが闇に消え、断末魔が響く。
貴様は知性を伴い思惑がある。だがローバルはそうじゃない。
先に排除すべきは事象を天秤にかけられぬ者からだ」
今度は、主が声を発するより前に巨体が肉薄し剣を振り下ろす。
先ほどと同じように受け止める主の身が沈む。先ほどよりも重い打ち込み。
尚も圧力を増す剣と拮抗するため、主の手が初めて両手で剣を握る。
どちらかだけを潰すとは言わん! 我の目的のためここで消えてもらう!」
エリオットの剣を右にいなし、体勢を崩した胴を狙い凶刃が煌めく。
刃を力任せに剛腕が打ち払い、後ろへ跳ぶ主の手から闇色の弾が放たれる。
闇の弾を剣で打ち払うエリオットへ立て続けに、一点に弾が撃ち込まれる。
引けども、動けども精密に剣、その根元を狙い続け、追従に転じられないエリオットへ、闇を切り裂くように主が向かっていく。
消えるのは貴様だ。全力を出すかは、分からんがな」
状況を打開するように強引に拳と光弾で闇の弾に対抗し、主の斬撃を剣で迎え撃つ。
王と皇帝。異質と異形の剣が闇の中で幾度となく打ち合い火花を散らす。
エリオットの打ち込みをかわし、掲げた主の剣が闇をまとう。
敵が構え直すより早く振り下ろされる剣。その軌跡が闇の刃と化し放たれる。
至近距離から放たれたそれへの対処を捨て、踏み込み力を込めて体で受ける。
亀裂が走る装甲から落ち着きなく光を変える火花を散らし、エリオットの体が大きく揺らぎ、身を支えるように剣を地面に突き立てる。
やはり頭は悪いらしいな……。」
害悪だ……。あらゆるものを搾取し、奪い、世界の中心に座していると思い違う……。
違うなら示すことができるか……? 貴様はローバル共に希望の類でも見出せるか否か……」
私の忠実な手駒として動き、妖精共を有効に活用できる特性には無限の可能性を感じているよ。
だからエンブリオを実験台に研究を進めるつもりだ。それとも貴様はエンブリオに人権と道徳を求めるつもりか?
あれほどの力を秘めながらいたずらに浪費する、そんな愚鈍な家畜同然のものを飼い慣らして、管理しようと思い立って何が悪い」
信念を掲げるよう、拳を握りしめて雄弁と語る主の声に、迷いはない。
声高に語る主が、不意に首を振り、切っ先を異形に向ける。
……興が削げた。貴様の存在はよく理解……、……!」
胸の亀裂から溢れる火花が眩い光を生み、炎に変じて腕を伝う。
剣を呑み込む炎が宵闇に包まれた森を照らし出す。
ここまで迷いなく語られるとな……!!」
大地を引き裂くほどに振り上げられた剣から放たれた炎が疾走る。
考えるより早く主の身が宙に舞い、なおも追いすがる炎を阻むようにローバルが跳びあがり、絡め取られ、炎に焼かれていく。
宙を舞う主に追従し跳躍する巨体目掛け闇を描ける刃を剣でいなし、亀裂から溢れる炎が再び主へ躍りかかる。
虚空を蹴り森に落下する標的を執拗に追跡する紅蓮の蛇を従え巨体が地響きを立てて地面を抉り主を追う。
その甘さはいずれ貴様を滅ぼすぞ!!」
闇を駆け、切り結び、闇と炎が相打ち、魔剣と凶刃がお互いを狙い火花を散らす。
所詮貴様は己の手で切り開けぬ道を他人に期待しているだけだ!!」
それを指し示してくれる者がいる! 共に歩んでくれる! 貴様のように邪念に呑まれた者ではない!
そんな気高い者が人の中にもいる! その尊さを我等は学んだ! 我が与するは人に非ず! 多くを繋げられるその眩さに従うのだ!」
力に勝る赤。技で迎え討つ赤。
それに匹敵する者はその森におらず、双方の戦いの余波に巻き込まれるようにローバルが一体、また一体と呑まれ、霧散する。
だが、貴様が愚かなりに道を貫いていることだけは認めてやる!」
相容れぬことを決定的にした攻防の中で主はエリオットに少なからず評価を覚えていた。
手札が尽きたかと思えば新たな役を生み出す異形。
炎をまとってからの攻防の最中も時折見当違いの方向へ炎を放ち、斬撃を放ち、
彼が意図的にローバルを巻き込んでいることを主は理解していた。
その支えとなる切り札がこいつには残っているはずだ。それを切られる前にカタをつける……。)
エリオットが放つ光弾を切り裂き、ローバルを盾にして執拗に追尾する圧縮弾をかわす。
異形の的にならぬよう絶えず動き、剣の間合の外に距離を保つことを重視する。
射撃に移行するが、光弾も圧縮弾も弾道を把握され始め、次第に蛇腹剣による迎撃の割合が増えていくのを理解しながら尚もエリオットは射撃の勢いを強めて行く。
後は決着をつけられないとしても、せめてこやつに手傷だけでも……!)
自らが構築する弾幕の中を縫うように主の放った闇色の弾が飛来する。
反射的に拳で打ち払ったその弾が爆ぜ、エリオットの炎でも照らせないほどの闇が辺りを包む。
射抜くようになおも放たれる掃射に形成された闇が払われる。
周囲を走査し即座に検知された動体反応に距離を詰めたエリオットの動きが止まる。
手を差し伸べる前に頭をよぎる危険性を吟味するように先ほど解析した少女のデータと目の前の少女を照合する。
エリオットのデータが導き出した結果は、
寸分の狂いもなく一致した結果に安堵したエリオットの腕に少女は手を伸ばす。
反射的にまとっていた炎を四散させながら怯えた表情の少女をなだめようとするが、
それも叶わず少女に抱き着かれる。
微笑みながら腕を回す少女。その力は華奢な外見とは裏腹に力強くエリオットにしがみつき、
直後、その口から洩れたのは聞き覚えのある耳障りな音。
脳裏をよぎるのは自分が駆け付けた時に既に力を一部奪ったローバル。
少女の肩を掴み力づくで引き剥がそうとするエリオットを嘲笑うようにその像が歪み、
正体を現したローバルから『力』が放たれる。
至近距離で叩き込まれながらもエリオットの腕がローバルの頭を鷲掴みにするのと、
主の声が響き、闇の光を帯びた蛇腹剣がローバルごと彼の全身に絡みついたのはほぼ同時だった。
再び炎―太陽の力を湧き上がらせようとしたエリオットの亀裂から湧き上がったのは、
炎ではなく闇の霧。それはエリオットに力を与えず、逆に闇の刃が輝きを増していく。
ディプラヴィティと言う術だったか。効果は短いが、貴様の太陽の力を封殺するには充分だ。」
それに本来魔力を馴染ませるにはもっと時間がかかるところを無理もさせた。
まさかこちらが手札を切らされるとは……、大したものだよ。」
諦めずもがき続けるエリオットを見据える瞳が光り、剣を携える手に力が籠められる。
闇の刃が目も眩むほどの眩さを伴い凶悪な圧力を生み出す。
そして獲物を絞め殺す蛇蝎のように蠢き、エリオットの装甲が軋み、緩やかに押し潰されていく。
声にならない断末魔を帯びてローバルの身が爆ぜ、エリオット一人を包み込む。
闇に塗り替えられた炎。それを引き剥がすように、奥底に眠る炎を呼び覚ますように鼓動を高めていく。
装甲が破砕されるのも厭わず全身の出力を引き上げ闇の束縛に抗おうとする。
刃を掴み、引き剥がそうとするエリオットの頭上で、刃の切っ先が鎌首をもたげる。
獲物の息の根を止めるように切っ先が胸の亀裂に突き立てられ、奥深くまで食い込み、内部を引き裂くように蠢き暴れ回る。
一際深く打ち込まれ、エリオットの身が大きく跳ねた後、気力を失ったように頭が垂れる。
血液ともオイルともつかぬ液体をまき散らしながら切っ先が引き抜かれ、
刃が軋み、ほどけ、主の元へ戻っていく。
戒めを解かれ、支えを失ったエリオットの体が数歩前に歩みを進め、
ゆっくりと地に伏し、空しくも重い音が闇に木霊し、残響さえもやがて消えて行く。
エリオットの瞳に灯る光が消えたのを認め、周囲を見渡し、主から嘆息が漏れる。
まあいい、また増やせばいいだけだ」
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